2012年01月30日

京都市長選挙











今は引っ越してあまり間がないので、
この機会に試読配達をしてくれる新聞をかたっぱしから読んでいます。
職場でも何紙か読めるので、各新聞社のイロはだいたいわかっているつもりでしたが、書き方ひとつで、うんと意図的だと感じる記事が目につきます。
特に、日本で最も発行部数が多いと言われているY新聞で、そのような操作的なものがよく見かけられ、これを書くに至った資料の提示や根拠を示して欲しいとつくづく思うことがあります。

国民の意識をコントロールしようとしているようなコラムだってありますから。

記者としての責任と誇りとモラルをもってコラムを書いてよ。
ウチの田舎の年寄りたちにもわかるように・・・







新聞は好きな読み物なので、10代の頃からスクラップをしていましたが、沖縄在住時は、基地問題や地位協定などに関わるニュースが、内地で知らされていることと大きな違いがあることを思い知り (違いという生やさしいものじゃなく、事実を知らされてもいないことも)、かなりショックで、ブログでも記事そのものを何度かアップしたことがあります。



我が家には今、そんな訳で地方新聞と大手新聞が次々に入っていますが、今、試読しているのは毎日新聞。

一昨日の記事の一面は、原発事故に関して、「除染 14年3月完了」と、大見出しがありました。


もしこんな記事を、田舎のウチの親や近所のおじいちゃん、おばちゃんなどが見たら、
「あーそうか、大騒動した原発事故も、そろそろ片づけも先が見えてきたんやな。」と思うだろうな・・・


本当は現在の除染レベルでは、汚染の程度が高すぎて帰宅できるまでの線量には下げられず、もう帰郷を諦めざるを得ない人たちもいるのに、
そしてまだ近寄ることさえできないエリアがあるというのに、です。


最近、あの大事故対応に関しての議事録を原子力対策本部などが作っていなかったということも表面化しています。

この事故で命を落とした方や入院中の方、その身内の心情を思うと言葉もないのだけれど。




でも国民として、腹を立てているだけでは能がないよね。





国民が、そしてあなたが、わたしが選んだ政治家たちが大きく関わっていることだからです。



先ほどの話に戻るけれど、新聞も一誌だけを読んで、それが事実だと思ってしまうと思考が片寄ってしまうよ。
心理学的に表現すると、「繰り返し、見る・聞くなどを受動してしまうと、それが真実だと錯覚し始めるような感受性が本人の認識がないまま、そなわってしまう」からです。



もうすぐ京都市長選。

しっかりと候補者の言っていることや、やったこと、やろうとしていることをアレコレ調べてから、投票することをおすすめします。



世の中をつくるのは
政治家やあれしまへんよ・・・

















春にやさしい花をつけるために
この寒さの中、じっと 強さをたくわえているんだね。
 







やわらかい桜の花の下で
何の心配もない未来に向けて
あなたと
祝杯をあげたい、
そんな夢をみるこのごろです。


































  
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Posted by やまさき あおい at 23:10Comments(2)震災・原発・エネルギー関連

2012年01月28日

熊野出会いの会2012年春!













ふるさと
熊野

大きな台風や、なんやらかやらと
熊野でもいろいろあった昨年でしたが、

やっぱり
ナンと申しましょうか
訳あって今生、
私の命の種も落ちた場所ですよって・・・





蘇りの地 熊野で、
恒例の出会いの会は、
今年は農閑期の2月ですよ!face05




久しぶりに集合ik_39ik_39ik_39しませんか。


詳しくは、熊野出会いの里、おかみさんのさよてふブログで。
http://kumanodeainosato.ikora.tv/e716834.html






出会いの里のニワトリたちは宇宙と交信しているはず・・・

このとりたちが産んだ卵を http://kumano-deainosato.com/tenkei.htm 食べていると、
なんだか、ふわっicon12とコスミックな感覚に誘われるんだ。icon05







天恵卵でつくったオムライスik_52






2月は熊野で温泉どすえ~

手帳にチェックしといてね(^_-)-☆
申込みも忘れずに。ik_73 
















  
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Posted by やまさき あおい at 23:05Comments(2)イベント情報

2012年01月24日

あなた自身で決めることに価値がある









「熱が出れば解熱剤を飲む」とか「血圧が高くなってきたから降圧剤を使う」などというのは、当たり前に病院行っているアロパシー、
つまり、出ている症状とは対極のものを使って症状を抑え込む対処療法のことです。

私たちが病気になった時に行くところとして、最もポピュラーな選択肢は医院や病院だと思いますが、そのほとんどがこのタイプの薬を出します。
西洋医学の特徴はアロパシーともうひとつ、“メス”つまり、手術という手段があげられるでしょうか。

西洋医学とよく比較される東洋医学は、熱や痛みをむやみに止めてしまわず、たとえば、熱が出るということは、からだにとって不都合なウイルスなどが侵入してきたために、抵抗力が働き、菌と戦っているからこそ熱が出るというふうに考えます。
だからこそ、それを途中で止めてしまうようなことをしないで、しっかりと“根っこ”を丈夫にするためのプロセスを通過させるのです。

自己の免疫力を強化することで、自然治癒力を引き出し、体質改善や根源的な治療を目指すところが、西洋医学との大きな違いだと思います。

私は今回、処方されたステロイドの効き目におったまげて、1回で使用を止めたのは、
がまんできる痒み、がまんできる脱毛だったからということと、これほどまで強烈に抑え込まれた不快さは「いったいどこに潜っちゃったの?」という不気味さでした。


私の場合は、今回は薬を止めました。
でも他の人もそうした方が良いとは思いません。
たとえば西洋医学大好きで、お医者さんを全面的に信頼しているというような人の場合は、多分、どんな薬であっても十分な効果を発揮するんじゃないかなと思うからです。


だから、どっちも正解。




このことに限らず、
人生は選択の連続だから、
それぞれを選んだ人が、
どんな生き方を実行しているかで、
死ぬ間際に、
ほんとうの自分自身からのジャッジがくだされるってことだろうな
と、ふと思ったの・・・



あれも よしよし

これも よし・・・





たまたま
私が選択するのは、なるべくナチュラルなもの。
それは私の本能が望んでいるから。










今朝、
我が家の西側ベランダからの風景

このブログの写真は8年ほど前に買ったSONYのデジカメか、使いこんだケイタイで撮ってるよ。icon12














比良山スキー場の夜間営業のライトも、
湯船に浸かりながら見えるの・・・ik_49


我が家の、半露店風呂、いっぺん入ってみますか?ik_39face02














  
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Posted by やまさき あおい at 22:16Comments(1)医療を自給する

2012年01月22日

このとおり・・・大丈夫です?!







え~っと、
心やさしいオトモダチのみなさま・・・

「いい毛生え薬あんでぇ~」とか、

「その年でハゲるってことは、やっぱり女性ホルモンが少ないんと違うか?」とか
「やっぱり」って言うな! face09


「どこから洗顔石鹸で、どこからシャンプーかわかるか?」等々の、あたたかいハゲましなどをいただき、たいへんありがとうございました。ik_81




こんなウイッグで遊ぶ楽しさも覚えましたし、まぁどうせ冗談みたいな人生だし、どっちに転ぼうが、お天道さまにおまかせです。



報告の撮影はいいけど、
お口をしめなさい!お口を!!










めまいの方は、持病みたいなものですから心配いりません。
もう“仲良しの旧友”感覚ですから。



で、頭の脱毛ik_73の方は、
脂漏性皮膚炎も認められたので、皮膚科にも回され、
出た塗り薬がステロイドを含むものでした。


「出たなー ステロイド!」
何十年ぶりかのご対面でしたが、クライエントさんの健康相談にも役立つものと思い、夜に一回塗布してみました。

次の日の朝、
見違えるほど赤みも痒みも激減していました。

たった一回きりなのに、恐ろしいほどのステロイドの「抑え込みの術」。




ありがとうとステロイドさまにお礼を言って、それっきり葬らせていただきました。



ステロイドは悪だとかダメだとか言いたいのではありません。

病院で当たり前に行われているアロパシーについての、今の自分の考え方を記録しておきたいので次回書きます。







この状態は“回復”といって良いのかどうか疑問ですが、まぁ、ちゃんと一般社会でマジメに仕事もやれていますからね。
ありがとう。ik_70














  
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Posted by やまさき あおい at 10:03Comments(0)

2012年01月15日

潔く!











先日から、 ぽっかり地肌が見えるような脱毛や、めまいなどの症状が続いていたので、大きな病院の心療内科を初めて受診しました。

主治医は、心身医学やホリスティック医学の体系をつくりあげた池見 酉次郎先生に直接の指導と薫陶を受けられた、ある病院の名誉院長なのでなんの心配もありませんでしたが、結果が出るまではやっぱ、少々気になります。
二人の医師による問診とカウンセリングだけでも1時間半くらいかけ、その後にいろんな検査で、5時間ほどかかりました。

病院でいろんなことを思いました。

まぁ人間だから、何が起きても仕方ないわ…という、
わりと潔いあきらめ感があったかな。


…ちゅうか、
目が回りたければ回ればいいし、
頭、禿げたければ禿げればぁ! (^▽^)って、
ある意味、あきらめた。

そしたら次の日から、朝も起きられるくらいのめまいに変わったし、
ナンだったら丸ハゲになれば、ウィッグが医療費控除できるやろうから、ヘアドレスのバリエーション広がるなぁとかって、
マジで楽しみにしてたら、脱毛が止まってきた。face03


悩みなんてこんなもんどすな。



痛みは痛みとして
かなしみは、かなしみとして
孤独は孤独として受け入れられたなら、
あとは
死ぬ時がきたら死ぬだけのこと。

そんなことを
クッキーをばりばり食べながら
「うん、異議なしやわ・・・」と思えるようになった今が、
実に尊く思えるこの頃です。







ブログ「アカルク タノシク ホガラカニ」の、ひよさま作バリカタik_40クッキー

ひよさまは、こころとからだに、サイコーicon06の食事とおやつを作る腕をもつ滋賀在住のねえやんik_94です。
近々、料理教室をしようかな・・とか言うてたから楽しみどすな。














  
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Posted by やまさき あおい at 23:15Comments(6)メメントモリ

2012年01月08日

良い/悪い










以下に、元SONYの上席常務でCDやアイボの生みの親、
天外伺朗さんのメルマガ、天外レポートNo.58  (2012/01/04)の一部をご紹介したいと思います。
ご自由に転送をとのことなので抜粋し、掲載させていただきます。





 以前と何ら変わらない日常のようでも、
カレンダーは2012年という新しいページに
なっています…でも、日本の社会は、昨年の
3月11日に古い暦が破壊され、新しい歴史に
突入したのかもしれません。

 「3.11は我々の日付になった。何かが完全に
終わり、まったく違う日々が始まる」
(池澤夏樹、朝日新聞2011.04.05)

 多くの人が放射能汚染に対する取り組みで
苦しんでいますね。

(中略)

 実際に汚染濃度が高い地域にお住まいの方は、
不安が大きいでしょうし、子を持つ母親の気持ちを
思うと心が痛みます。

 国や地方自治体も、決して手を抜いたり、
サボっているわけではなく、懸命に知恵を絞って
汚染が拡散しないための対策や除染を進めています。

 一方では、国の発表や対策は信用できないと考えて、
自ら測定し、警鐘を鳴らして、対策に奔走している
人も大勢います。

 これらの活動は、すべて貴重であり、大災害から
日本が復興していくためには、たくさんの多様な
努力が必須です。

 原発事故の収束や、汚染の拡散防止策、除染
などの実際的な活動は、もちろんとても大切ですが、
ここでは精神的な対応について考えてみましょう。

 心配で逃げ出した人や、過剰に反応している人に
対して非難めいた事をいう人もいますが、目に見えない
放射能に対する恐怖というのは、人間として当然でしょう。

 沖縄に逃げていった友人が「自分だけ逃げてしまって…」
と、後ろめたい気持ちを表明したので、「あなたの心の
平安が、何より貴重なのですよ」と、諭しました。

 不安にさいなまれている人は、それを無理やり押さえ
込もうとしないで、状況が許されるなら、不安を解消する
ための行動をとったほうが自然です。

 一方では、原発事故の直後に、放射能をものともせずに、
そこに駆けつけて被災者の援助に当たったボランテイアや
僧侶もおり、また、汚染濃度が高い中で平然と、何事も
なかったごとく暮らしている人たちもたくさんいます。

 原発からはるかに離れていても心配で移住するのも「人」
なら、汚染濃度が高い中でも平然と暮らすのも「人」です。
 いったい両者は何が違うのでしょうか?

 ここで「いい/悪い」という判断の呪縛に陥らないように
ご注意いただければ幸いです。

  放射能汚染が心配なのもきわめて人間的だし、平然と
暮らすというのも、ひとつの性根の据わった生き方です。

 「反応が過剰だ」とか、「危険性に気づいていない」などと
いう批判は、余計なお世話であり、両者が議論をしても
噛みあうはずはありません。

 人はみな、それぞれの価値観に基づいて「自分の物語」
をつむいでいく存在であり、それを人に押しつけても
何の意味もないでしょう。

 私自身は、1947年から2年間広島にいました。庭が
海に面しているという夢のような家に住んでいましたが、
大勢の若者が海水浴のため勝手に庭に入りこんできました。

 夏になると人々の裸を毎日眺めていましたが、ほとんど
の人が大きなケロイドを負っており、直接被爆していました。

 放射能の危険性も知られておらず、測定器もない時代
でしたから、野菜や米の汚染も誰も気にかけず、私の家族は
汚染だらけの食材を2年間食べ続け、それが体内に蓄積して
内部被爆も起こしたと推定されます。

 直接被爆した人たちのケアですら十分ではなく、そういう
二次的な被害まで、とても気が回らないのは、むしろ当然
だったでしょう。

 それでも、私は69歳の今日まで健康に生きてきましたし、
母親は病気ひとつせずに101歳(数え)の天寿を全うしました。

 もし、統計を取ったなら、おそらく汚染された食材を食べた
人の癌の発病率は僅かに高いでしょう。でも、統計的なデータ
と一人ひとりの人生の実感は必ずしも一致しません。

 癌は細胞分裂のときDNAのコピーミスによって起きます。
私たちがコンビニで資料のコピーをする時でも、何枚かに
一枚はコピーミスが出ますがそれと同じです。

 私たちは1日に約200億個の細胞を製造しますが、
確率的にいって数万個の癌細胞が生まれていると推定
されます。それでも癌にならないのは、その大半が自己免疫力
によって殺されるからです。生き延びた癌細胞は数年かけて
コロニー(病巣)に育ちます。 コロニーが形成されても、
そのほとんどは自己免疫力で自然に消滅します。

 矢山利彦医師は、コロニーに様々な汚染物質が集まって
くる事を「ゼロサーチ」などを使って推定しています。それらは、
農薬、食品添加物、環境ホルモン、金属、細菌、寄生虫など
多種多様です。

 それらの汚染物質があることにより、免疫細胞が混乱して
まともに戦えなくなり、結果として癌細胞が生き延びる確率が
上がる、という仮説を矢山医師は提唱しておられます。
 つまり、汚染物質を蓄積することが、癌細胞の自衛手段に
なっているらしいのです。

 放射線を浴びるとコピーミスが増えるので癌細胞の数は
増えますが、いま問題になっているレベルは、毎日5万個
が5万2千個になったといった違いではないかと思われます。
もちろんそのわずかな違いでも、自己免疫力を超える
確率は上がりますから、統計を取れば癌の発病率は
僅かに上がるでしょう。

 でも、個人としてみれば、放射線を浴びることよりも、
体温が0.1度下がって免疫力が低下することの方が、
癌の発病率には効くかもしれません。あるいは、農薬や
金属の蓄積のほうが放射線よりも危険かもしれません。

 これが、統計データと個人の感覚の違いの正体です。
統計データは、マウスなどを使って、他の条件を一定
にして放射線濃度と癌の発生確率を調べます。

 ところが、実際に生活している場面では、放射線以外
に癌になる要素は山ほどあり、放射線の影響は埋没して
しまう傾向があります。

 たとえば、自己免疫力は精神の持ち方で大きく変わり
ますから、「不安」になっている人は平然としている人より、
癌になりやすいでしょう。ただそれは、深層心理の問題
なので、不安になっている人を非難することは残酷だし、
「不安にならないように」といっても何の意味もありません。

 理性や論理でコントロールできるような話ではないのです。

 だから、不安になったら「逃げる」というのが、唯一の解決法です。
恥ずかしがらずに堂々と逃げればいいのです。内心の不安を
隠して、表面だけ平然としている、という状態は無理があります。

 逆に、まったく不安を感じなかったら、自己免疫力が活性化
しているので、少々放射線濃度が高くても癌にはならない
でしょう。だから、平然と生きるのが自然です。

 私の家族が、原爆投下直後の広島で、高濃度に汚染された
食材を食べても健康を保てたのは、当時は誰も知識がなく、
不安になりようがなかったことも幸いしたと思います。

 3.11の後の日本では、多くの苦難や葛藤を体験して、
「自分の物語をしっかりつむぐ人」が増える、
のではないかと思います。

 皆の物語に付き合うのではなく、「自分」の独自性をちゃんと
認識できる。また、「自分の物語」に人を巻き込もうとしないで、
他人の独自性や、それぞれの物語を尊重できる、という事です。

 放射能が不安だったら、堂々と逃げる。不安を感じなかったら、
平然と生きる。どちらがいいという事ではなく、それぞれに物語が
あるのだから、それぞれの価値観や生き方を尊重して、共に
仲良く生きていく、という感じです。

 ひとことでいえば「多様性が受容される社会」ということになります。

 逆にいうと、いまの社会はまだ多様性が受容されていません。  
あらゆる人が、自分と同じ価値観に人を巻き込もうと躍起に
なっています。民主主義の多数決という仕組みそのものが、
多様性を許さずにひとつの意見に無理矢理に収束させますね。

 原発の推進派と反対派の議論も、TPPを巡る議論も、
相手を粉砕する論理展開がぶつかるばかりで、私には
あまり建設的に映りません。

 私は、いずれ原発は消滅すると見ていますが、それは
社会の価値観がGDPからGNHに自然にシフトするからであり、
反対運動が成功するからだとは思っていません。

 GDP至上主義というのは、明治以来の国是の「富国強兵」
の変形であり、多くの人がまだその呪縛にとらわれています。
その信者が原発を推進するのは当然であり、原発反対の
議論をふっかけても虚しいばかりです。

 ただ、社会は着実に進化しており、若い人ほどGNHの
大切さを理解しています。いずれGDP信奉者が死に
絶えれば、原発は自動的になくなります(もっともその前に、
私自身がいなくなるでしょう)。

 国民投票などで強引に原発廃止に持ち込むという
選択もありますが、戦いの歪が残りそうです。多様性が
受容された社会では、急激な変革よりも、ゆったりと
スムースなことが好まれます。

「佳き事はカタツムリの速度で…」
(マハトマ・ガンジー)


(中略)

     一般には、放射能の不安から逃げ出した人より、
平然と生活している人の方が人間的な成長を遂げている
という印象がありますが、それは誤解です。

   「自分の物語」を生きる人は、「自分の内面」に
忠実であり、他人との比較はしません。不安だったら
堂々と逃げるし、不安を感じない人でも、感じている
人の気持ちに共感できます。自分と違う価値観の人が
そばにいても居心地の悪さを感じません。

(中略) 

   2012年も、ヨーロッパを震源とする金融崩壊の
危険性があり、極端な円高から日本の産業界が
大打撃を受けるかもしれず、日本の国債の金利が
急上昇して、日本自身がギリシャ、イタリアに次ぐ
ソブリンリスクに瀕するかもしれません。

   しかしながら、世の中がどうなろうとも、
「自分の物語をしっかりつむぐ人」は揺らぐ
ことはありません。その人が経営する企業も
びくともしないでしょう。

物語の印象はエンデイングで決まりますね。
「自分の物語」の終わりは「死」であり、それを
しっかり意識できると、物語の輝きが増します。

 逆に「死」から目をそらして生きている人は、
「死の恐怖」が無意識レベルでモンスター化して
おり、それに支配された人生になります。いま、
文明人のほとんどはその状態にあります。

(以下省略)



このブログをお読みいただいている方の中には、私自身も含め、環境保護や原発、TPP、立場の弱い様々な状況の方々への社会活動などを行っている人も多いと思いますが、
これを読まれて、何か感じたことはありますか?

知らず知らず防御や戦いモードのスイッチが入りっぱなしになっている時は、これまた気付かないまま、このレポート自体の弱点を探し始めたりしますが。(^_^;)




このレポートで私が共感し、自分のものにしていきたいと思ったのは、

 3.11の後の日本では、多くの苦難や葛藤を体験して、
「自分の物語をしっかりつむぐ人」が増える、
のではないかと思います。

 皆の物語に付き合うのではなく、「自分」の独自性をちゃんと
認識できる。また、「自分の物語」に人を巻き込もうとしないで、
他人の独自性や、それぞれの物語を尊重できる、という事です。

という部分です。

私の“自分物語”としては、かみ合うはずもない「価値観」ではあっても、それが未来の命を左右するような事柄が起きてしまった場合は、やっぱり結果がどうなっても自分としてやれることはやろうとするし、そのプロセスで起きることこそ、今、命を得ている証のように思うのです。

特に今回の原発事故なんて、
産業界が大打撃だとか、どこかの国が破たんしたとかと、
ちょっとハナシが違うと思うんだけど。



・・・・・と、また“かみ合わないハナシ”になってきた?ik_75














  
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Posted by やまさき あおい at 15:14Comments(2)震災・原発・エネルギー関連

2012年01月03日

謹みまして・・・











いろいろあった年も明け、
新しい一年を歩きはじめました。









冬の野菜は寒さに耐え、霜にあたり、
ぐっとうまみと甘みが増します。

陰陽五行説でいうと、一般に根菜類は陽性が強いのですが、
この寒い冬の路地ものは、陰性勝ちの葉菜類でも、
“陽”の氣が強いものに変化するのだそうです。

なるほど、
ほうれん草の根っこなんて、
まるで砂糖をまぶしているのかと思うほど、
寒さに耐えたごほうびのデザートのようですもん。ik_07 face02




めはり寿司になる高菜







寒さ
厳しさ
自己鍛錬・・・




そんな季節を通り越した人にしか分からない
春の暖かさがあるんだろうな~
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今年もおつきあいのほど
どうぞよろしくお願いいたします。 





















  
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Posted by やまさき あおい at 18:39Comments(0)百姓日記