2018年11月21日

くる年の準備








『きょういく』:今日行くところがある

『きょうよう』:今日、用がある

今年の手帳から来年の手帳に移し書きをしている時に見つけた言葉。


       もう何年もこのタイプの手帳


中高年齢者のキャリア支援をする中でも感じることは、
一般的に女性は生活力があり、60歳を超えても働く意欲の高い人が多い反面、男性は思い込みやプライドなどで、再就職どころか地域奉仕や新しい趣味をもつことさえも躊躇する人が多いと感じます。

定年退職したのち、「今日行くところがある」「今日、用がある」状況は、心身の健康状態をも左右することなので、今から準備したいものです。


個人的には今年1年は、慣れないことが同時発生で起きてしまい、現在もアタフタの真っ最中です。
両親ともに起きている心身の変化への対応、
それに伴う、人生100年とする経済面の準備、
公共事業に協力するための対処、
祖父の時代に遺されていた課題への対策、
職場で強化されはじめたPDCAへの取り組み・・・・・

同時進行で、いくつかの課題に対して考え行動するということは、慣れないものにとっては逃げ出したくもなります。

でも今日、手帳にこの言葉を見つけ、
今の多忙さは、現役だからこその歓びかもしれんなぁと一瞬、思えた言葉でした。

ほんの一瞬だけどね。face03

今年は残り一か月ちょっと。
平成時代締めくくりの佳き思い出を残すぞ~!







  
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2018年10月12日

何のために働きますか?







仕事がら、
人が働くってなんぞや
仕事は何のためにあるのか
人々が喜んで仕事ができるようにするには、どうすればいいか
みたいなことを
知らず知らず考えています。


お茶碗を洗いながら目の前に見える風景は、
台風21号で、池の向こうの家の土台部分が崩れ、
土が丸見えになり、危なっかしい家の様子でした。

ところが1日、2日と経つにつれ、
以前より立派なブロックが組まれて、
今日は仕上げ段階に入っていました。






ホッとしながら、
職人さんたちの手際の良さに見惚れ、
「3人のレンガ職人」というイソップ童話を思い出しました。

旅人が道を歩いていると、レンガを積んでいる3人の職人に出会い、「ここで何をしているのですか?」と尋ねます。
1人目は「レンガを積んでいるのさ」と答え、辛くて不公平だと考えていました。

2人目は「大きな壁を作っているのさ」と答え、家族を養うために仕事があることに感謝していました。

3人目は「歴史に残る偉大な教会を作っているのさ」と答え、教会の完成をイメージし、そこに訪れる人々の幸せまで考えていました。


最近、セミナーで初めてこの寓話を紹介し、
どの職人さんも、自分が選んだ考えだし間違いでもありません。
どんな思いで働くかは、みなさんの自由だよ、と言って終わりました。

そうや。

自由なんやで。どう考えて働こうと。











  
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2018年01月28日

愛のあるあいまいさ








近年には稀な寒さのお陰で家にこもり、自己洞察的時間になってよかったかな。

人間は誰しも、少しでも今よりよくなろうとしているんだろうなぁ・・・
夏頃まで眠れない夜が続いていたことも、今から考えれば、「何かおかしい」と模索していたからこその葛藤だったと思う。
その葛藤こそが、今立ちふさがっている課題に、しっかり対峙していたんだろうと、
今になって感じます。

別にそこまでしなくても、知らぬ顔をする方法もあったし、
私の役目じゃないとその場から立ち去ることもできたのに
そうしなかった。

そこから逃げずに向き合うことを選んだのは、それで良いとしても、
ただこれからは、睡眠に支障が起きて、数週間も続くようなことにならないようにしたいよね、と思いながら過ごしていました。



内田樹さんの本だったと思うけど、「正しいことは人の心の病のもと」という言葉に出会ったり、
答えをすぐに出さず、心の中に浮かべた状態にしておく時、人の気持ちも成熟していくような体験をしたりして、
愛のあるあいまいさって尊いことなんだと実感したのです。

わたしにはこれがなかった。

なんでもチャッチャとやってしまわなきゃ評価されない幼少期を過ごしてきたことは、この年になっても大きく影響していると思うけど、
「チャッチャとやれない」人にもまた、やれない理由があることを想像できていただろうか。

「ぶれない」とか「明確な意思表示」「目標設定」とかいう言葉って、セミナーでもよく言いがちだけど、

いやいや!
ブレブレのときはある!!
誰にだって。



この際は都市伝説やまことしやかな情報などもすべて吟味しなおし、自分チェックを続けようと思います。






25年前から住んでいる人も、初めて見た風景だとか。
家の前に出没した“流氷”




ワカサギ釣りできる?










  
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2017年11月05日

求人倍率はバブル期並みではあるけれど・・・






今から約30年前、日本はバブル経済のなか、巷は活気に満ちていたらしいです。
「らしい」というのは、私自身はあまり実感がないからです。
約4年が該当年とすると当時私は29歳~32歳で、地方に住み、
当時の配偶者が公務員であったこともあり、都会は景気がいいらしい、くらいの捉え方でした。

リクルートに入社したのが1992年だったので、関西ではまだバブルの泡が少し残っていて、この好景気の終焉を信じたくない企業人と、仕事を求める人々を肌で感じ、自分には知らない世界があるもんだと唖然とする日々でした。
何しろそれまでは華道という狭い狭い世界しか知らず、資本主義がどんなことなのか、経済や株、円高円安がどう影響するのかもまったく無知でしたから。

リクルートがそんな私を採用したというあたりが、そもそもバブルだったんだな。face03



さて、現在です。

2~3年前から、有効求人倍率が高い、
バブル期を超えた等々とマスコミが伝えています。

でも、30年前のバブル期とは当然ながらかなり違います。
消費が動かない、
非正規社員の問題、
貧困層の広がりなどなど、
生きていくために必須のものさえ得られない人々も増加しています。

好景気をつくるには、格差が激しすぎると思うな。

だけど資本主義って、そこは片目をつぶって走るのが許されるのか。。。

そこへもってきて、個人宅に核シェルターをつくったり、
幼稚園などで防空頭巾のようなものをかぶり、避難訓練をするような世の中です。



そもそも資本主義と民主主義が同時に存在していくって、どういうことなんだろ?



あかん。

話がそれましたが、
今、私が主として働いている職業訓練校でも、やっと、売り手市場の実感が出始めてきました。

今、この不安定な状況のなかでも、自分の職業人生をいかに幸せなものにしていくかを考えるセミナーをすることにしました。
定期的に行っているセミナーですが、今回、初テーマです。

世の中がどうであっても、自分は自分として生きる力を育んでいきたいという自分自身への覚悟のために行います。
それが参加者にどう影響するかな。


初めての試みに心地よく緊張しつつも、たのしみながら進めようと思っています。

このセミナーは非公開ですが、いつか一般参加で構成的グループエンカウンターでテーマにできればいいな。






紀州の森をひとりで歩くといろんなことを妄想します。





色づきはじめたよ。





















  
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2017年07月17日

思い込みや不可抗力で苦しまないで









今からもうかなり前のはなしです。
当時の職場で、こんな切ない経験をしました。


1年ほど前から職場が一緒になったAさんと私はウマが合い、ベッタリではないけれど仕事のこともプライベートなことも自然に心地よく話せる同僚同士でした。
私はAさんのウイットのきいた所作や話し方が好きで、年上でもあり尊敬もしていました。

そのAさんが、ある日突然、私を完全に無視するようになったのです。
まったくの、ある日突然です。
挨拶も雑談も、他の人がいればするけれど、他に人がいなければ私が声をかけても無視、ということが何日も続きました。
特に嫌なことを言うとか行動するとかではなく、私がいないかのように振る舞うのです。

それまでAさんは他の人には話さないようなことも私には話してくれたし、私も、年上で経験も豊富なAさんを頼もしく思っていただけに、
これには私も参ってしまいました。
いろいろ原因となりそうなことを点検してみると、Aさんと最後の方で話した会話で、Aさんが私に「わたしの姉に似てる」とつぶやいた時の口調の重さに、「あれっ?」と思ったことだけを思い出しましたが、他には特に思いつきませんでした。

1ヶ月ほど辛抱しながら様子をみていましたが、一向に変化がないので、ある日私はAさんに、話をしたいと申し入れました。

そして私が、「○○さん、いったいどうしたの?」と、
ラフな会話をしていた以前のように言うと、
Aさんはそれまでにはなく他人行儀に
「余裕がないんです。」と言うので、
「は?余裕がないの?」と私が言うと、スッと私の前から立ち去りました。



こりゃもう、私がタッチできることじゃないわ、とその時初めて思いました。




日々、いろいろな方から多種多様な悩みを聴いていますが、この時の私の体験のように、そこに関わり続け、悩みを深めていく必要があるのか?と感じるようなことも多々あります。

人にはいろんなときがあり、たった一人でその人にとって重要な心の作業をしていることもあります。
ネガティブな投影が起きているときなどは、本人も自覚ができず混乱し、かなしみや不安が屈折した怒りになって現れることは珍しくありません。

だからね、
突き詰めて考えることを続けなくていいんだよ。

あなたのせいじゃない!





これを言うために前置きが長かったね。








紅葉は秋だけじゃないんだね。
口熊野の森の中で出会った景色。












  
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2017年06月28日

たった一輪の花が生きた証(あかし)







28歳から31歳まで、フラワーデザイナー(当時はそんなハイカラな名前はなく、“いけ込み出張”と言っていた)をしながら3つの華道教室を主宰していました。

「たった一輪の花が生きた証」という言葉は私の華道教室の指針で、広告に必ず使っていたキャッチコピーでもありました。

華道の世界で生きている時、花は私の生きるための術(すべ)であり、心を表現するための“道具”だったようにも思います。

当時は今と違って、自分の想いを表現することはほとんどできなくて(face08)、華は私の“どじこめた本音”の表現手段だったのです。

その数年後、「教室」という限られた空間から飛び出し、
世界中から集まる花の流通に興味をもちはじめ、フラワーショップに転職したのが32歳の時。

それまでは“気持ち”の表現のための花だったのに、お店に立つとちょっと違った形で、花々との付き合いが始まりました。


大きなイベントで花を飾る
経営者の想いがこもった店舗を花で彩る
人通りが絶えまない空間に花を活ける

いろんなシュチエーションにいろどりを添えてきたけれど、
今、もっとも息づかいが感じられる花を活けられるのは、
たった一人のクライエントを迎える時の一輪です。

クライエントの言語化できない思いやフェルトセンスを共有させてもらえたと思う瞬間は、私とクライエントの間に、二人以外の何かの力動(りきどう)が働いたと感じることがあります。
それが何なのかはわかりませんが、私は感謝と畏敬の気持ちが起こり、自然に頭が下がります。



花や華道を学び、経験したことは、私の人生のすべてに影響していると、四半世紀たってから感じるのです。

もの言わぬ存在であるからこそ、つきあう時に独特の緊張感があり、間もなく枯れていくその日までが愛おしく感じます。















  
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2017年06月18日

カウンセラーにもいろいろありまして。










歓迎しない心の状態が続き、
眠れないとか、肩こりや耳鳴りなどの身体症状に出てきたときは、早めにケアをしています。

漢方や鍼灸マッサージ、アロマテラピー、座禅に瞑想、食事療法、断食などは馴染み深い代替療法ではありますが、今回はカウンセリングを受けることにしました。

職業柄、どこのカウンセリングを選ぶかは、情報量が一般の方より豊富なので、今の自分にはベストだと思うところを選択しました。

そして先日、予約したカウンセリングの日を迎えました。


結果、
50分のカウンセリングの時間の8割5分(ぶ)はカウンセラーが話していました。
後の1割は私の話、5分(ぶ)は沈黙。
そんな状況のカウンセリングなんてこれまで一度も受けたことがなかったので驚きました。
しかも、この都市部の一定度名前の通ったカウンセリングルームにおいてです。

しかも・・・
クライエントである私が、一言も話していない病気についての成り立ち方や、友人知人の話、あるスポーツ選手が体験した話などなどを次々と話されるのです。
それでも何らかの意味があると思い、カウンセラーの話を傾聴していましたが、ik_85 さすがに40分くらいのところでカウンセラーに尋ねました。
「先生が今話されているいろいろなことは、私にとってどのような効果があると思われるのでしょうか」って。


そうすると今度は、「こんどうまりえ」という私はあまり知らない有名人の話と、断捨離の話が始まりました・・・・・ik_84







いったい何だったのでしょう。





一番気分が重くなったのは、あれがカウンセリングだと、他のクライエントが判断されることです。



何かのはずみで、このような経験をした意味を今、考えているところです。








この木は5月頃、葉の一部が紅葉します



何という木なのかな?

今頃になると葉っぱは落葉するのか、いつのまにか木は緑色一色になります。



21日記
ホルトの木というそうです。
ありがとう。










  
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