2017年07月23日

情動の末梢起源説








ジェームズ=ランゲ説は知らなくても、
“心が変われば行動が変わる。行動が変われば習慣が変わる。
習慣が変われば人格が変わる。人格が変われば運命が変わる。”
というウィリアム・ジェームズの名言を知っているいる人はいるでしょうね。

彼らが提唱した『末梢起源説』とは、「悲しいから泣くのではなく、泣くから悲しくなる」、「笑うから嬉しい」「逃げるから怖い」「殴るから腹が立つ」というもので、身体的な体験が生理的変化によって感情になるという説です。

つまり、感情とは大脳(人間の心の中枢)が直接起こすのではなく、ある刺激に対して体が無意識的に反応し、その反応を大脳が知覚した状態が感情であると定義しました。

これについては人それぞれとらえ方が違っていて良いと思うのですが、この定義を肯定的に使えば人生にとても役立つと思ったので、私が経験したことで柔らかく具体的に紹介します。
(柔らかくしか言えないんだけどね)




まだこの抹消起源説などを知らない9年ほど前のこと。
その時私は50歳にして就活中でした。
辛い、悲しい、寂しい時は誰にだってありますが、その程度が深いほど、逆にご機嫌なフリをしようと、ある時決めたのです。

そして私がやったことは、「鼻歌を口ずさむこと」でした。face03

鼻歌なんて、それまでの私の言動パターンにはほとんどないことでしたが、その日からは家でも、道を歩いていても、スーパーで買い物中も、意識してこれをやりました。
意味のないメロディがほとんどでしたが、なんと・・・
2週間ほどもたつと意識をしなくても鼻歌を歌う自分がいました。


そして気が付けば、そこそこご機嫌な気分でいる自分に気がついたのです。


①《希望や願望》機嫌がいい人になりたい➡
②《そのためには》機嫌が良い人とか場を明るくしている人を観察➡
③《発見》口角があがっている、時々鼻歌を歌ってる➡
④《実行!》あ、真似しよう!

タダで、
簡単で、
自分一人でやれることは、即実行。


こうして“鼻歌事件”は、私のキャラクターを大きく変える出来事になりました。
ちなみに口角を上げるのは鼻歌を歌うことで口元が緩むから、特に意識せずとも一石二鳥。

この体験から、まずはポーズが大事、
そこに気持ちがついてくる、ということを身をもって体験したのです。




1年ほど前にジェームズ=ランゲ説に出会った時は、我が意を得たり!と、飛び上がるほど嬉しかったのです。
それまでは精神論や非科学的な情報の中に同様のものはありましたが、これでメンタルヘルスのセミナーでも使いやすくなりました。

まぁでも、それが科学か非科学かより、
どんな人間が、どんなふうに伝えているかで、共感を得るか否かが決まるんだろうけど。



タダで、
簡単で、
自分一人でやれること
だから、いっちょ、やってみるか
と思ってもらえるように、またチャンスがあれば心をこめて伝えようと思います。icon06



和歌山で咲いた月桃の花












  
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Posted by やまさき あおい at 18:21Comments(5)人心緑化

2017年07月17日

思い込みや不可抗力で苦しまないで









今からもうかなり前のはなしです。
当時の職場で、こんな切ない経験をしました。


1年ほど前から職場が一緒になったAさんと私はウマが合い、ベッタリではないけれど仕事のこともプライベートなことも自然に心地よく話せる同僚同士でした。
私はAさんのウイットのきいた所作や話し方が好きで、年上でもあり尊敬もしていました。

そのAさんが、ある日突然、私を完全に無視するようになったのです。
まったくの、ある日突然です。
挨拶も雑談も、他の人がいればするけれど、他に人がいなければ私が声をかけても無視、ということが何日も続きました。
特に嫌なことを言うとか行動するとかではなく、私がいないかのように振る舞うのです。

それまでAさんは他の人には話さないようなことも私には話してくれたし、私も、年上で経験も豊富なAさんを頼もしく思っていただけに、
これには私も参ってしまいました。
いろいろ原因となりそうなことを点検してみると、Aさんと最後の方で話した会話で、Aさんが私に「わたしの姉に似てる」とつぶやいた時の口調の重さに、「あれっ?」と思ったことだけを思い出しましたが、他には特に思いつきませんでした。

1ヶ月ほど辛抱しながら様子をみていましたが、一向に変化がないので、ある日私はAさんに、話をしたいと申し入れました。

そして私が、「○○さん、いったいどうしたの?」と、
ラフな会話をしていた以前のように言うと、
Aさんはそれまでにはなく他人行儀に
「余裕がないんです。」と言うので、
「は?余裕がないの?」と私が言うと、スッと私の前から立ち去りました。



こりゃもう、私がタッチできることじゃないわ、とその時初めて思いました。




日々、いろいろな方から多種多様な悩みを聴いていますが、この時の私の体験のように、そこに関わり続け、悩みを深めていく必要があるのか?と感じるようなことも多々あります。

人にはいろんなときがあり、たった一人でその人にとって重要な心の作業をしていることもあります。
ネガティブな投影が起きているときなどは、本人も自覚ができず混乱し、かなしみや不安が屈折した怒りになって現れることは珍しくありません。

だからね、
突き詰めて考えることを続けなくていいんだよ。

あなたのせいじゃない!





これを言うために前置きが長かったね。








紅葉は秋だけじゃないんだね。
口熊野の森の中で出会った景色。












  
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2017年06月25日

導かれる






4年半前から住んでいる京都のお家は、高台にある4階建て。
その前の住まいは半地下だったので、一気に見晴らしがよくなり、展望が良いというのがこんなに清々しいものとは思ってもいませんでした。

エレベーターのない4階まで、えっちらほっちら歩くことも、知らないうちに毎日のトレーニングになっています。
集合住宅に住んで、その他に気づいたことは、階下にご住人がいると、冬でも部屋は暖かいということと、集合住宅の最上階は、夏の暑さは最上階で一手に引き受けている感じがするほど・・・ 暑いっていうことです。
ここが自分のマンションなら屋上緑化しますが。

あとは、蚊が部屋まで上がってこないので、夏の夜に蚊に起こされることもないし、ベランダでお洗濯干しなどをしていても刺がやってくることはありません。
蚊には弱い私は、この解放感は捨てがたいです。



朝日は早くに拝めるし、



虹も見つけやすい。



休日はお風呂からの景色を眺めながら半身浴でゆっくり・・・



夜に向かう一日と時間を共有します。





窮地に立った時、“ひょうたんから駒”のように導かれて住んだこの家、
集合住宅なのに畑もついているなんて、
やっぱり半農半エックスhttp://ishes.org/cases/2011/cas_id000025.htmlで生きていきなさいと改めて言われた気がしました。

あなたのこれまでの体験の中にも、「救われた~」と思ったことや、面白い“偶然”はきっとあったはず。


体の力を抜いて心地よく暮らしていると、その時の自分にとってベストなことが起きるんだと感じています。















  
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Posted by やまさき あおい at 10:18Comments(5)人心緑化自己実現

2017年06月06日

植芝盛平師の「舞い」











近頃、合気道が気になっています。

素人が言えるようなことではないと思いつつも、合気道は他の武道とは何かが違う気がしていて、私もこのような稽古をすれば、もう少しは落ち着いた人生をおくれるのではないかと思い、道場を探しているくらいです。

日本の武道も文化も、「道」とつく名前なのはなぜなのでしょう。

まだ幼い頃に生け花を習いに通っていた時、師匠が、「私は華道の技術は教えられても、「道」を教えられるような自信は十分にありません。」とおっしゃったことがあります。
その当時お師匠はすでに白髪の高齢者だったので、まだ小さかった私は、
「え? この方にも教えられない道ってなんだろ、どういう意味だろ。」と考え始めたものです。


その数十年後、私も華道教室をいくつかもち、それを生業としていた年月がありましたが、「道」などは、教えたり極めたりできないからこそ、日々の生活のなかで求道し続けているのかも・・・ と考えるようになりました。





和歌山県田辺市に生まれた植芝盛平師の舞いのような合気道
https://www.facebook.com/brasse.daniel/videos/654154318092851/





熊野古道で出会った輪になった木






















  
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Posted by やまさき あおい at 22:08Comments(0)人心緑化

2017年05月31日

雨上がりの夜空に♬













職場や仲間内の飲み会とかって、
参加率は極めて低いのだけど、
今宵は参加した。




他愛もないおしゃべりを、
“偶然”横に座った人たちとしていて

それまで
心に詰まっていた、
本当はどうでもいいような鉛のようなものが

本気で

どうでもよく思えてきました。







帰り道の雨上がりの夜空は
清々しかった!







家に着いて
夜の畑を見回った。




小松菜も


こぼれ種で育ったひまわりも






そこに命があることを


今、生きていることを


誇らしく謳歌していると感じた。





空気の粒まで

愛おしいと感じる夜です。













  
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Posted by やまさき あおい at 22:23Comments(0)人心緑化「一粒の雨の記憶」

2017年05月22日

自然が好きな訳










森の中
雨の音
土のにおい







ネットの中の情報とは
まったく違うもの


人の頭を通っていないものは
偉大で純粋で、それ以上のものはない気がする


自然は
わたしのように
時々
怒ったり
不安になったり
自分を見失ったりしないから


いつでも
大きな手をひろげて
待ってくれている


















  
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Posted by やまさき あおい at 21:38Comments(2)人心緑化

2017年05月12日

脱皮







あなたが今住んでいる町は、
あなたが選んで住んでいる町ですか?

それとも、先祖代々の家がある場所だから考えたこともない?

または、行きがかり上?

それともいろんな条件が合ったとか?





私のように、この40年で13~4回も引っ越しをして、
あっち
こっちと
縁もゆかりもない土地で暮らした経験があると、
「この町を離れたくない」とか、「ここでないと!」いうような執着は、ほとんどありません。


一方で、
どうしても相性が合わない場所はあります。

子どもの頃、生きることそのものが不安で、答えのない問いを、誰にも話せなかった苦い体験があるため、
その頃を過ごした場所に身をおくことは、なるべく避けたいという希望はあります。
その場所にいると、何十年たっても、子どもの頃のように、
心が重い鉛のようになりがちなので、
そうならないように、ちょっとした努力が必要なのです。


・・・・・
と言いつつ、
少なくても毎月2~4日は「実家」に帰省して、どんより疲れて家に帰りつく、というような年月を重ねていますが。

でもこれからは、
どうせやらなければいけないことなら、
明るく、
楽しく過ごそう。

いつまでも
過ぎ去ったことに呪縛されて過ごすような暇もない。

答えのなかった問いも、
何十年かかって、自分なりにスッキリしてきたことだしね。






6年前から、30数年ぶりに京都に住むことになったのも、
何かのご縁なんだろうなぁ。

学生時代から変わりない鴨川。




今月15日は葵祭りです。
これはミツバアオイ




珍しく花がついていました。
京都市植物園にて





今年の葵祭を境に、
あたしももう一丁
脱皮しよう。

決めた。





2007年5月15日の記事 ちょうど10年前だね。

http://self.ikora.tv/e47804.html












  
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Posted by やまさき あおい at 22:55Comments(2)人心緑化「一粒の雨の記憶」