2019年11月17日

“目覚まさない”時計







10月20日から1ヶ月近く日記を入れなかったのは、
ブログを始めて16年の間で初めてかも。

忙しくても日記を書くことで自分を取り戻せることがあったけど、
今回はそれもできず、走りっぱなしだったなぁ。

年老いた両親の引っ越しは、想像以上にいろいろと起こる。
頭も体もフル回転しても追いつかない。
プチッと切れそう、何もかも。icon05


でも、家に私より先に切れた子がいた。



もういっちょー。

こっちもやっぱり目覚まし時計だった。

この時計は8年前に102歳で亡くなったおばあちゃんが、60代から使っていたものだから、50年くらい使っていた。
秒針は外れてしまってたけど、ちゃんと機能していた。
でも、
とうとう
“目覚まさない”時計になってしまわれた。

鳴らないわけではないの。
振れば鳴る。
だから私は目覚まし時計より先に起きて時計を振るわけ。

おかげで体内時計が正常に機能するようになった。

やれやれ
何が幸いするやら。









  
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Posted by やまさき あおい at 16:49ひとりごと

2019年06月22日

五感が使えるってこと






昨年1月、インフルエンザで失った嗅覚はほんとにお陰さまで9割まで回復しました。

まだ、“匂(臭)えないエリア”があって、ちょっと鈍感ですが、
香りの楽しさを人一倍味わっていたので
ここまで回復してくれたのは奇跡のようで、本当にありがたいです。

さてこの季節、
お付き合いの長い人なら、
あぁまたあの花か・・・と思うかもしれないけど、
桜とハナミズキが終わったあとの楽しみと言えば
家から見えるタイサンボクです。


こんな大木に咲く花を上から見下ろせる、
この環境ならではの、
ほんの数日間の贈りものです。

それにこの花の香りったら、
天国に香りがあるとしたらこんな匂いかと想像するような香りなのです。


そして、
今年初めて気づいた、
タイサンボクの隣に咲いていたこの小さな花。


カラタネオガタマといいます。

この花もタイサンボク系の香りを放ちます。
本には「強く香る」とありましたが、
私にはかすかな香りで、刹那な瞬間をあじわえます。

オガタマは霊を招くと言う意味の「おきたま(招霊)」が訛ったものだっていうから、やっぱりこの種の香りはなにか、天国と繋がってると思うな。




見る  聞く  匂う  触る  味わう


「その五感を与えられているってことがそもそも有難いんだよ。 」

今朝から畑の草取りをしていて
引っこ抜いた草がボソッとつぶやいた気がした。
当たり前にできていることが尊いことだったよね、
そうそう、そうでした。
ありがとう。


雑草たちのパラダイスで土にまみれて、
しっかり汗をかいたら
最近しんどかった気持ちもスッキリしました。







  
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Posted by やまさき あおい at 14:24ひとりごと

2019年01月20日

ぼーっと考え事







いけませんわよ・・・

目の前の作業に集中しないと。









温灸のコゲは直せたけど。
http://self.ikora.tv/e1351754.html

今度のは燃えなかったことがラッキーということで、
生きてきた足跡と思うことにしよう。ik_75








  
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Posted by やまさき あおい at 08:57ひとりごと

2018年10月20日

嗅覚が復活!








今年の1月、インフルエンザで嗅覚がなくなってからは、ほんとに心に力がなかったなぁ。

お陰さまで今では8割くらいの嗅覚が戻ってきた感じです。

まったく匂いがなくなって数ヶ月たったとき、ある日ピッツア屋さんで運ばれてきたピッツアが、
icon12。。icon12。かすかに香った!ik_88

ドキドキするほど嬉しくてピッツアを見ると、これまで臭くて食べらなかったブルーチーズがのっかってて。
なるほど、
強い匂いだからか?と思いながら、「匂う匂う!」と半泣きでいただきました。


それ以来、大好きになったコレicon15



「還暦過ぎてから骨密度も上げた人だから、嗅覚も戻ってくるよ」と、
骨と鼻の、あまり根拠のない励ましでも、
その気になってガンバれました。

ありがとう、ありがとう。icon06








  
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Posted by やまさき あおい at 17:01ひとりごと

2018年06月21日

地震のあとのスマホ決断






6月18日朝の地震は、阪神淡路大震災を思い出すような揺れでした。
被害を受けられた方々にお見舞い申し上げます。

私が住んでいる町は震度5強でしたが、同じ建物でも1階と4階では被害はかなり違うんだなと思いました。
徒歩で30分離れた花屋さんでは花瓶ひとつ割れなかったと言い、その町のマンション10階にお住いの方は、本箱が転倒防止のツッパリ棒ごと部屋の中を移動したといいます。
その棒は「転倒防止」のためのものだから、ちゃんと使命は果たしたけどね。

こんな非常時、うちの夫さまは危機管理能力に優れていると感じます。
今回の地震の日はたまたま休みで家にいて、地震が起きた瞬間、「玄関のドアを開けて!」
と指示しながら、自分は貴重品を手際よくまとめ、「これから本震かもわからないから外に出るよ!」と言いながら、実家に安否確認の電話をしていました。
いつもは同時に2つ以上のことをやれない人なのに、とっさの時は人が変わるんだー ik_53
尊敬!


さて、スマホ。
これまでは特に不便も感じずガラケーで充分だったけど、両親の世話で帰省しているときや、今回のような非常時はちょっと不便を感じました。
昨日、ケイタイショップでスマホに変えてきましたが、「ナンジャコリャ??」というほど、操作方法がワケわからん。
取り急ぎ電話をするところがあったけれど、電話ひとつかけ方がわからん!
多分こうかな・・・と思う操作予想はことごとくはずれ、仕方なく公衆電話を探すしまつ。
地震のお見舞いメールは読むことはできても、返信方法がわからん。
ケイタイメールに向かっておじぎをして返信としました。

この調子で友人知人のみなさまには、しばらくご無礼をしますがお許しください。



彼らはいいよ、鳥さんたちは。
地面が揺れようがひび割れようが、関係ない。

         鳥羽、城山公園のコゲラは人慣れしてる、
         至近距離でも逃げないもん。




せめて今夜は
ふわりと空を飛んでる夢をみよう。












  
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Posted by やまさき あおい at 21:36ひとりごと

2018年06月09日

不妊治療の経験から





今から35年ほど前の、初婚のときのはなし。

子どもが欲しくてたまらなくて、
でもできなくて、
夫婦で話し合い、不妊治療を試みたけれど
それでもできなくて、生理があるたびに泣いて落ち込む。
・・・・・

それでもなお、子どもが諦めきれず、
医師から手を変え品替えですすめられる“新しい”お試し治療を何年も繰り返す。

最後の方の治療は、脳下垂体に刺激を与え、疑似妊娠のからだをつくり、上から下から薬を投与しました。
1回の通院に往復6時間、当時不妊治療は保険がきかず、経済的にも肉体的にも精神的にも尋常ではありませんでした。


いったい何のために結婚をしたのか、
また、なぜ子どもが欲しいのかもわからなくなり、
生きる目的が子どもを生むことこと、そうでないと意味がない・・・・・
などという考えに囚われてしまい、子孫を残せない価値のない自分に嘆き悲しむ日々でした。
この頃から笑えない人になっていたように思います。

ほぼ病気でした。

周囲からも
「もういいよ、止めてもいいんじゃない?」という声も聞こえてこないまま、
これを続ける他は許されないと思い込んでいました。


そのうち
長引く不妊治療の副作用で、ムーンフェイスや肝臓障害、めまいなどのからだの異変だけではなく、精神不安定の極致になり、
医師に告げると、「じゃあ、精神安定剤を数種類追加しましょう。」と。


心身の不調にも関わらず、脅迫的に不妊治療を続けてしまう患者の様子に対して、
目の前の患者の命や健康という観点よりも、
不妊治療専門の医師にしてみれば、「妊娠」という結果が最優先だったのでしょう。

「その病気」だけを診る医学では、よくあることのように思います。



最近、当時の私の様子とそっくりなあなたに出会い、
どうしていいのかわからない、辛くかなしい気持ちが、わたしに乗り移るほどよく理解でき、胸が痛みました。
心もからだも悲鳴をあげているあなたに、
不妊治療の経験者の私であっても、何の慰めの言葉もみつかりません。


ただ、私もその危機的状況を乗り越えたから今があります。

この不妊治療の経験は、私に、西洋医学のみを医療とする現在の医学に疑問をもつきっかけを与えました。
そして気が付けば、いつのまにか「医療を自給する」というテーマで活動を始め、ホリスティックな視野で命を考えるベースができていました。



人生で起きることは、
すべて
必要、必然、ベスト!


意識をしてみると、まったくその通りだと思うことが、その後何度も起こりました。

何かの必要があって、事は、ただ起きているだけ。
そんなふうに思えるようになれたことは、大きな希望となりました。



あなたの頬を涙がとめどなく流れていたのは、
もしかすると、
もうこんな気持ちでいるのは、そろそろやめよう
という決別の涙だったんじゃない?

だから、安易な慰めは言わないよ。
その悲しみや苦しみや孤独のなかだからこそ、
あなた自身がつかみたかった何かが確かにあると思えるから。





さぁ

涙が乾いたら
自分のハートの中に前からあった❝ダイヤモンド❞を磨いてみない?
1日10分でいい、自分がほんとうにやりたかったことをヤル!
自分自身がそれを許可してあげる。
こんなささやかなことが、自分を取り戻す呼び水になります。

自分の中のダイヤモンドik_18の探し方や磨き方がわからなければ、それはお手のものだから、いっしょに作業していけるからね。




こんなわたしの命を支えてくれる畑の作物たち。

モロッコ豆。 鈴なりで、毎日大収穫。
最近はモロッコ豆にご飯を添えて食べるのが我が家流。












  
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Posted by やまさき あおい at 17:58ひとりごと

2018年04月18日

嗅覚が消えてしまいました







実は2月下旬から匂いがわからなくなっています。
原因は医師いわく、インフルエンザ菌が脳に侵入し、嗅覚を司る細胞を壊したかダメージを与えてしまったからだそうです。
その後続けて、「回復するかどうかはわからないけど、6ヶ月間は諦めることはないと言われています」とおっしゃいました。
う~ん、含みのある言い方だわ・・・

インフルエンザにかかるほんの1~2日前にも、魚介類のお鍋のふたを開けた時の香りが、郷愁を誘うようなあまりにも良い匂いで、88歳の父を思い出していました。
父は何年も前から嗅覚がなくなっています。
このスープの香りや父の大好物、鯵の干物の匂いを、死ぬ前にもう一度嗅がせてあげたいなぁと、つくづく思っていたのです。

匂いのない世界はほんとうにかなしいです。
もともと日々の生活で花や柑橘の香りをたのしみ、
熟成したワインが空気に触れて、徐々に香りがひらく様子や、
秋の森の中のシナモンのような香りのことなどもブログに書いてきました。
多分人一倍、香りで幸せを感じていたと思います。

今の嗅覚は、これまでの嗅覚が100だとしたら3くらい。
強いアロマの瓶を鼻にくっつけると、初めのひと嗅ぎがわかるというくらいです。
でも、この3くらいしかない感覚でも、
「ある」と「ない」では大きな違いです。

嗅覚の復活には神経系も影響しているようなので、坐禅断食がベストかなと思い、来月長野県で坐禅断食合宿に参加し、他の西洋医学の治療も希望をもって続けます。

嗅覚がなくなって、ひとつだけ良かったことは・・・
納豆を食べられるようになったことです。face03







この世で2番目に好きな香り
タイサンボクの記事

http://self.ikora.tv/search.php?csrf=2953fff2cad80c04c14cae3a9757783b1bc9eebd&search=%E3%82%BF%E3%82%A4%E3%82%B5%E3%83%B3%E3%83%9C%E3%82%AF

この花が咲く頃までには。








  
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Posted by やまさき あおい at 21:50ひとりごと